ELENA TUTATCHIKOVA

『眠れる街のためのおとぎ話』
映像インスタレーション
窓、映像、音

Atami Art Week (熱海、2014年3月)

熱海の街を舞台に、虚構の街の話を作る。
街の窓が、蛍のような小さな命を宿す。人間が住んでいる家も、捨てられた家も、街の時間を守っている。
相手と目を合わせるように、映像が照らされた窓と窓を合わせて、街の時間について考える。

2014年2月、約一ヶ月熱海に滞在制作を行った結果として発表した作品である。かつてスナックだった空家にあった、住宅として使われた空間において、お互いを面した部屋の入り口を窓に改造し、両部屋の奥からその新しく作った窓に、熱海の桜並木や海の映像を投影し、もう一つの虚構の空間を作り出した。屋根下にもう一つの、熱海の風景を撮影した映像を映し、さらに、全ての要素をつなぐものとして、半ば現実的半ば空想的な物語のナレーションを付け加えた。

滅びてゆくある小さな街の記憶、かつてそこに住んだ人間の小さな物語が、より広い意味での歴史の流れに、散らばっていく桜や、波の泡のように流されていく。その風景を、私は一つの空間の中に作り出した。現実とフィクションが重なることによって生まれる空間を作ることで、我々が今見ている世界、今生きている歴史に向き合おうとした。


[ナレーション]

街はこんな夢を見た。
川沿いに並んだ桜の木の最後の花びらを吹き飛ばし、 白い龍のような風が街を飛び回る。花びらが散らばって、河の流れとともに海へと流されていく。

迷路のように延々と続く狭い路地を飛んで、蛍の光のような静かな命を宿す街の目 ― その窓 ― から家々に入って、狭い廊下や階段を登って、街の時と記憶が潜んだ屋根裏まで人間の目に見えぬまま入り込んで、次へ次へと風が飛んでいった。風が見た、皆に忘れ去られた古い写真には、昔の人々の顔が全て、 海の空気を吸い込んだ白いシミのようだった。この写真、この顔は、既に存在しない愛や淡い喜びの痕跡のようだった。

街の家は隙間が無いほど迫っていて、長い蛇のように延びて、温泉の煙に消えていた。そういう構造を持つことで街は長い、とても長い間風に負けず、その街が持った時の秘密を守ることができた。それでも近頃は、沢山の小さな家があまりの古さに風で吹き飛ばされた。家と家を繋ぐ電気コードや電話線が、音もせず電流を止めた。

視界を塞いだこの白い煙や電気看板に照らされた淡い夜の中、 短い間だけでも孤独から救われることを求めて、山を越え街に来る異人たちの時間が溶けていた。その土地にはその土地だけの時があるという。この街も、この街だけの時があった。異人の顔がいくら景色に溶け合い、かれらの一つ一つのしわがその土地の線をまねても、その土地に生まれた時間がかれらの顔を触れなかった何かがあった。

風が街に並んだ家を次々飛び越していった。ある家の屋根裏に住んでいた小さな女の子、 向こうの家に住んでいた男の子を 小さな窓から呼んでいた。窓から手を伸ばせば、彼らはお互いにほぼ触れただろう。もう少し、もう少しだけ大きくなれば… ちょうどその時、女の子のお母さん、家の一階でバーをやっていたママは、そのバーのど真ん中、そして、自分の人生のど真ん中に立って、静けさに耳を傾け、家の時計の音と自分の心の音を重ね合わせようとしていた。後少しで、戦争で夫をなくした彼女の笑顔と時間を奪おうと、山を越えて異人たちがやってくる。

不安が空気中に漂っていた。またどこか山と海の向こうにある遠い遠い土地で新しい戦争が始まると、ひそひそ風がささやいていた。何か言った?うーん。気のせいか。でもなんだか不安…
空気に舞い上がった風のささやきが人の噂になって、そして目に見えない巨大な化け物に変貌しはじめた。まだ目に見えない凄まじい力が山の向こうから近づいて来ると皆が感じるようになった。街の人々が、彼らと少しでも匂いが違う全ての者を怪しく見るようになった。

「ねー、きいた?ここのお湯って、電気がでるらしいよ。新聞でいってたよ。」「本当に?今の新聞って嘘ばっかり!」

海の向こうから、山の向こうからやってきた文明や物質世界の価値が、この街に愛の衣を装って、全ての人間に幸せと自由を抱かせた。「幸せ」。あちこちで愛や幸せを誰もが買えるようになったが、それを買ったところで誰も幸せや愛を手にすることはできなかった。この街には骨董屋がほとんどなかった。朝帰る時、ポケットを外にだせば、海辺から飛んで来た砂しかでてこなかった。 と路地、家と家から聞こえてくる声を混ぜる。誰の声なのか分からない。糸電話の話のようだ。

砂の跡を残す風の音しか聞こえてこない。

街は夢を見た。
これは全て本当か嘘か、現実なのか神話なのか、自分自身が存在しているのかしていないのか、街はもう分からなくなった。街が風の夢を見ているか、風が街の夢を見ているか。どちらなのだろう。