ELENA TUTATCHIKOVA

"Where the Sound of the Forest Goes"
KENPOKU 2016 / 県北芸術祭 2016

http://kenpoku-art.jp/en/artworks/f12/ (English)
http://kenpoku-art.jp/artworks/f12/ (Japanese)

音を観ることが可能なのか。実際、音は目に見えなくとも、厚みや圧力、 色彩などを持っているものだ。

音は人間が知覚するのだが、音には音だけの世界があり、音の持つ歴史というものは確かに存在しているだろう。

例えば、山に入って、林業現場のある森へ行ってみよう。そこにある木は、二世代前の人間に植えられ、50年成長し、やがて今の木になった。その木は、チェーンソーとくさびだけで、たった一分の内に倒され、風を起こして地面に落ち、そしてその森の中から消えていく。しかし、木が生きた50年もの歴史は、その木が生んだ音になって、山が持つさらに大きな歴史として残る。

全ての木にはその木だけの声があり、それがチェーンソーとくさびと笛と 声を合わせて、一つの歌を演奏する。森のオーケストラではなく、まるで 「一木一曲」なのである。

かつて大子では、山間部の林業集落に暮らす子どもたちが通うために、やまびこ校舎があった。数年に一度、林業現場が別の場所に移動すれば集落も移動になり、校舎も別の場所へ移ることになっていたので、「かたつむり学 校」とも呼ばれていた。一つ、写真がある。歌いながらピアノを弾く教師を囲んで、一緒に歌っている子どもたち。戦後直ぐのことなので、ちょうど今の大子の山に見られる木を植えた人たちになるのだろうか。


山に生まれ、山の中で遊んで育ち、森の音を聴きながら、歌い、そうしてやがて自分の父親のように林業に就く。代々から伝わる林業の知恵は、山が成す形にも、音にも残り、その山、そしてその地域の歴史を作り上げる。

木が人間と一緒に音を生み出してその山の歴史を作っていく。その音を聞くことは、確かに目に見える歴史なのだ。そして木が歌を残して山になるように、日々山の中で生き、山の歌に耳を澄ます人間も、山になることができるのではないだろうか。


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「木とチェーンソーと笛と他の木-風楽器のための歌」、#I(2チャンネルサウンド、07分05秒)、#II(2チャンネルサウンド、07分19秒)

楽譜

「木とチェーンソーと笛と他の木-風楽器のための歌」、第一集 I.杉、II.杉 全て トレーシングペーパーにペン、写真(type-cプリント)、木製パネル、203x254 mm

写真

「森の音のゆくえを辿って: 木の記憶」
「森の音のゆくえを辿って: 父の道具」 くさび、のこぎり、皮むき、おの、刻印

インタビューなど、資料

森の音のゆくえを辿って: Maps, Words, Photographs



Sound Works

Songs for Tree, Chainsaw, Whistle and other Wood-Wind Instruments”, #I (2-channel sound, 07:05), #II (2-channel sound, 07:19)

Musical Scores 

Songs for Tree, Chainsaw, Whistle and other Wood-Wind Instruments”, Book I. I. Cryptomeria japonica, II. Cryptomeria japonica. Pen on tracing paper, photographs (type-c print), wood panel

Photographs 

Where the Sound of the Forest Goes: The Memory of Tree”, #1, #2, #3 
Where the Sound of the Forest Goes: Father's Tools” Wedge, Saw, Bark Spud, Axe, Seal  

Interview and other materials

Where the Sound of the Forest Goes: Maps, Words, Photographs